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5. パウリの排他率の証明

 いよいよ最終章である。 ●粒子はみんな同じ顔 この世界に一つとして同じものは存在しない。工場で大量生産される工業製品がどんなに規格化されていようと、全く同じということはないのである。何か目に見えない傷がついていたり、微妙に重かったり軽かったり。しかし、ミクロの世界では全く同じということがあり得る。というか、原子や素粒子の世界では、同じ種類の粒子は全く同じなのである。「素粒子の表面に傷がついている」などということはないのである。同じ種類の粒子がある場所AとBにあったとしよう。その二つの粒子を入れ替えて、BとAに置き換えたとしても、この世界はその変化に気づかない。なぜなら、最初の世界と全く同じ世界が続いているからである。 ●同じ種類の粒子を入れ替える 先ほどの例を波動関数を使って考えてみよう。同じ種類の粒子が二つあるとする。それらの粒子がある場所にいる状態を次のような波動関数で表すとする。 \[ f(\text{粒子1がいる場所}, \ \text{粒子2がいる場所})\] 例えば、粒子1が場所Aに、粒子2が場所Bにあるような状態は$f(A, B)$と表せる。ここで、実際に関数$f(A, B)$がどんな式なのか気になるかもしれないが、全く気にする必要はない。とにかく、波動関数を使ってこんな風に書けるということだけ信じればいいのである。 そして、この二つの粒子を入れ替える。つまり、粒子1を場所Bに、粒子2を場所Aに交換するのである。そんな状態は同じように \[ f(B, A)\] と書ける。さて、今回入れ替える粒子は同じ種類の粒子である。つまり、入れ替えても入れ替えなくても現実世界には何の影響ももたらさない。これは、波動関数の大きさが変わらないことを意味する。つまり、波動関数は変化があったとしても、なにか大きさ1の複素数$\alpha$がかかるだけである(つまり、$|\alpha|^2=1$)。 \[ f(B, A)=\alpha f(A, B)\] このとき、実際に現実世界が認識する確率、つまり波動関数の大きさ、は変わらないことを確かめておこう。 \[ |f(B, A)|^2=|\alpha f(A, B)|^2=|\alpha|^2|f(A, B)|^2=|f(A, B)|^2 \] 確かに、この二つの波動関数の大きさは変わらないことが分かった。粒子を入れ替...

4. 波動関数

 量子力学と言えば波動関数。波動関数と言えば量子力学。でもそんな難しいものではない。 ●ミクロの世界は確率の世界 物理学の目的は、物体の運動を予測することである。1800年代まではニュートンの生み出した物理学がその目的をほぼ達成していた。この世の運動方程式はすべて $ma=F$ の形で表せられ、もし、この世のすべての情報を知ることができ、かつ、無限の計算能力があれば、未来永劫すべての物体の動きを予測できるものと思われていた。「ラプラスの悪魔」である。実際にそんなことは不可能なのだが、それは現実的に宇宙のすべての情報を知るなんてことはできないからである。しかし、もしそれができるならば、物理学は全てを予測する潜在的な能力を持っていると考えられた。 しかし、1900年代に入って、この世界はそんなにシンプルではないことが分かってきた。量子力学の誕生である。量子力学が支配するミクロの世界では、確実な予測ができないのである。投げた粒子がどこにいくのか、この宇宙のすべての情報を用いても確実な予測はできないのである。「ラプラスの悪魔なんてちょっと現実離れしてるよね」という話ではなく、本質的に存在しないということが分かったのである。 では何もわからないのかというとそんなことはない。確率は分かるのである。今、手元にある粒子が次の瞬間どこに行くのか、確実な予測はできなくとも、元居た場所に近いところにはいそうであるということは分かる。急に地球の裏側や宇宙の果てに行く可能性はめちゃめちゃ小さいのである(それでも0ではないところが恐ろしいが)。そんな確率を記述するのが 波動関数 である。 ●複素関数とは 複素関数とは出力が複素数となる関数である。たとえば、 \[f(x)=x+3i\] \[f(x)=2-xi\] \[f(x)=x^2+(3+x)i\] などである。いくらでも複雑なものを考えることはできるが、重要なことはなにかインプットすると複素数がアウトプットされるものである。そして波動関数は複素関数なのである。 ●波動関数とは じゃあ波動関数はどんな複素関数なのか。めちゃめちゃ複雑な形をしているのではないだろうか。恐れおののいてるかもしれない。そして実はめちゃめちゃ複雑な式をしているのである。なんということでしょう。めっちゃ複雑な形をしているのである。ここまでか。。。。せっかく複素数...

3. 複素数

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 複素数についておさらいする。 ●モチベーション なぜ、複素数が必要なのか。それは、次項で説明する波動関数が複素数の関数だからである。何か難しい話が始まりそうであるが、決してそんなことはない。「波動関数」なんて言葉は大げさすぎるし、的外れである。概念自体はめっちゃシンプルで、なにも難しいことはない。 関数とは$ f(x)=x^2 $のようなものである。$x$が実数のとき、これは実数関数と言われ、$x$が複素数のときこれは複素関数と呼ばれる。$x$が実数でも返ってくる値$f(x)$が複素数のときもある。このような場合も複素関数と言われる。波動関数は複素関数なのである。 ●複素数とは何か すべての数は複素数である。まずそれをしっかり認識しよう。我々が日常で使うのは実数であるが、これは複素数の一部である。数の概念は下図のようになっている。 複素数とは実数に 虚数 成分を追加したものである。虚数とは何か、それは二乗すると1になる数字である。当然そんな数字は実数にはない。そこで、そんな数字があると想像(imagine)して、$i$と書く。つまり \[ i^2=-1\] である。この$i$自体も虚数であるし、それを何倍かした $2i, \ 1.7i, \ -0.54i$ なども虚数である。こんな虚数のことを英語ではImaginary numberという。 さらにこの虚数に実数を足す。$1+3i, \ -4+1.2i, \ 98239-3423.9i$ などである。これは実数と虚数が入り混じった数字で、複素数と呼ばれる。上記の虚数も、例えば $3i$ は $0+3i$ とみることもでき、複素数と言える。そういう意味では、実数も $3=3+0i$ とみれば、複素数の一部であることが理解できるだろう。 ●複素数の計算 複素数も数なのだから、計算ができなければならない。ルールは簡単である。$i$がついているものとそうでないものをまとめるだけである。 \[ (2+3i) + (3-4i)=5-i\] \[ (-3+i) - (1-4i)=-4+5i\] などである。簡単すぎる。掛け算も同じである。但し、$i^2=-1$に注意しよう。 \[\begin{eqnarray*} (1+2i) \times 2i &=& 1\times 2i + 2i\times 2i ...

2. パウリの排他律とは

 パウリの排他律とはなんなのかを説明する。 ●パウリの排他律 1.で述べたように、この世の森羅万象は「フェルミオン」が作る物質が「ボゾン」をキャッチボールすることで生じる相互作用によって引き起こされている。相互作用の種類はたった4種類、「電磁気力」「重力」「強い力」「弱い力」である。この世界のシンプルな仕組みである。 が 、しかし、実は、この世界には相互作用ではないが、もう一つ特殊な仕組みが備わっている。それが「パウリの排他律」である。 実は粒子には、重なり合えないものと重なり合えるものが存在する。そしてその区分けは、「フェルミオン」と「ボゾン」の区分けと一致する。すなわち、 フェルミオン:重なり合えない ボゾン:重なり合える レーザーをご存じだろうか。あれは、コヒーレントな(位相のそろった、もっとざっくりいうといい感じに調和した)光が多数重なり合うことで強度が増した光の束である。これは、光の粒子「光子」がボゾンであり、重なり合えるから可能なのである。 フェルミオンは重なり合うことができない。我々の体がすり抜けないのは、電磁気力による反発力と説明した。ならば、その反発力を超える力で押し付けあったら、いつか原子同士の距離をゼロに縮めて、空間的にぴったり重ねて、さらに押し出せば「すり抜けられる」のではないか?そう想像したことだろう。しかし、これは無理なのである。なぜなら、フェルミオンはぴったり重なり合うことができないという性質を持つからである。フェルミオンは 生来のシャイボーイ なのである。このフェルミオン同士が他を排除しあう性質のことを排他律といい、この性質を発見した研究者の名前を添えて「パウリの排他律」という。 この排他律はなんの相互作用にも依らないのである。この一段違う不思議さを感じられるだろうか。何か原因があるから反発しあうのではないのである。この世界の本質的な仕組みとして、2個以上のフェルミオン粒子が重なることはできないのである。一つのフェルミオンがある場所を占めているとしよう。そのとき、ほかのフェルミオンはもうその場所を認識しないのである。なんの反発力を感じているわけではないのに、もうそこに空間があることすら気づかず、決してたどり着くことはできないのである(少し叙情的すぎるかもしれない)。 ああ、不思議なり。どうしてこんなことが起こるのか、数式でぜひ...

1. 物質の相互作用

 まずは、素粒子の世界をおさらいする 。 ● 素粒子とは この宇宙の最小単位である素粒子は大きく分けて二つの種類がある。 フェルミオン :物質を作る。6種類のクオークと6種類のレプトンの計12種類で構成される。 ボゾン :力を伝える。フェルミオンが原子核→原子→分子 →・・・ を作るためには、フェルミオンをまとめ上げる力が必要であり、ボゾンがその役割を請け負う。身近なものでいうと「光」がボゾンの一例である。「光が粒子同士をくっつける??」という疑問を持ったら素粒子論への入り口です。 もっと詳しくはここで説明している。 1. 素粒子の世界 – 基礎知識 – (elementaryparticle-with-a-hangover.blogspot.com) ● 物質同士の相互作用とは:電磁気力、重力、強い力、弱い力 我々が狭い道をすれ違う時、肩と肩がぶつかるのはなぜだろう。なぜ我々が手でものを持つことができるのか。なぜ我々は地面に立つことができるのか。つまり、物質同士がすり抜けないのはなぜなのか。 目の前に壁があるとき、我々は別の道を探す。なぜ壁に突進していかないのか。「それはそこに壁があるからだ」、「壁にぶつかったら痛いからだ」。当たり前のことのようであるが、改めてなぜ我々の体は壁をすり抜けないのか。それは壁を構成する原子と、我々の体を構成する原子が反発しあうからである。 原子や粒子同士は引きつけあったり反発しあったりする。これを「相互作用」という。 上述のとおり、壁や我々の体を作る粒子は「フェルミオン」である。そのフェルミオン同士が反発するのは電気の力である。プラスの電気とプラスの電気は反発しあう。マイナスの電気とマイナスの電気も反発しあう。プラスとマイナスの電気は引き付けあう。 我々の体と壁が急接近した時、我々の体の原子の電気と壁の原子の電気が電気的な力で反発しあうのである。これを「電磁気力」という。この電磁気力は、実はボソンである「光」が物質同士の間を行ったり来たりすることで発生している。物質同士が光の粒子「光子」をキャッチボールしているイメージである。 我々の日常生活のほとんどすべての現象は、この電磁気力が源になっている。モノを持ったり、熱湯が熱かったり、空気の対流が起こったり、雷が鳴ったり。 このほかに有名な相互作用は「重力」である。地球に引き付けら...

0. このブログの気持ち

西園君にパウリの排他律を伝えたい。そんな気持ちのブログです。 何を伝えたいのか。それはパウリの排他律という「この世界の驚くべき仕組み」がこんなにも簡単な数式から導かれるのかという感動です。 理論の言っている内容を理解することはとても楽しいですが、それが数式で理解できたらもっと楽しいです。なぜなら数式を通じて理解するとき、その現象はもはやだれか遠い天才が言っていることではなく、実際に自分の手元で体現されていることを実感するからです。 目次 1. 物質の相互作用 2. パウリの排他律とは 3. 複素数 4. 波動関数 5. パウリの排他律の証明